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2009年3月30日 (月)

090328 T-REEF D16 #21-2

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  • RIPCURL 7’6 TRION
  • 08:30am to 12:15pm
  • 16:30pm to 18:00pm
  • Off shore breeze to side on
  • Size: Head half and more
  • DEUCE 3/5mm Full Suit, boots, groves & hat
  • DEUCE 3/4mm Full, under john & cap

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久しぶりの僕をピークメンバーが温かく迎えてくれた。前半は激戦区のレフトでやった。水温は今シーズン最高に冷たい。5mmのセミドライが重たくて感じられる。何本か降ったが、どうにかセットピークから2本乗れた。後半はライトに移動。ワイドなスウェルに切れたセットが紛れ込んでやってくる。セーフティーゾーンにいても、気を許すと特大のセットを食らってしまう。シュガーとジリジリとグッドウェーブを待つが、ドンピシャな位置から乗れずにボトムで捕まってしまう。時計回りにゲッティングアウトすると、隊長ピークからシバくんがロングランして、ラウンドハウスカットバックを3回決めた。

11時の大潮の干潮に向けて、ラインが延びている。シバくんは朝6時半のエントリーと聞いて、心底あきれてしまった。僕はパワーダウンでどんどん乗れなくなっていった。

ランチはシュガーと味噌ラーメンを食べた。カルフォルニアとG-LANDの話をした。

夕方まで風が止むのを待った。ちょっと諦めかけた時に、シバくんが登場し、ハイテンションでやりましょうと声をかけてきた。結局、110クンとシュガーも加わり4名がライトピークにエントリーした。ピークに着く頃には風が止み、クリーンな状態となった。潮が上げてメインピークがグッドだった。数本乗ったところで、パドルパワーが無くなってしまった。メンタの一週間でシーズンが逆戻りしてしまい、今日が冬シーズンの初日のようになってしまった。エンドゾーンまで乗り込んだのが失敗だった。ピークは遠く遠く、どんなに回り込んでもジュースゾーンから逃れられない。敗北感を抱えてビーチに上がった。次回はもう少し対応出来るといいのだが?!

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2009年3月18日 (水)

MENTAWAI 2009 Chapter 5 絆

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2/26          NRT – KL

2/27          KL – PDN

2/28-3/06  SURF DAYS

3/07          PDN – KL

3/08          KL – NRT

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アキと中川さんの絆(きずな)は10年前につながった。情報の無い時代に中川さんはペルー人のジョージの船をチャーターした。布田くんも同行して不安な気持ちを引きずってパダンに入った。船は小さく船室は狭く、おまけにアンカーリフターが故障して、メンバーで錨(いかり)を上げ下げしたのだという。マカロニ湾のアンカーポイントで中川さんはアキと出逢った。そこにいるはずもない日本人サーファーを見つけて、アキはその夜ボロボロに酔っ払った。その後、中川さんはH. Tに船が何艘も並ぶ写真を見て、北スマトラへ転進した。その場所にはJ-BAYのようなライトやニアスより素敵なライトが忽然と存在したりした。それでも数年前に中川さんはグロメットプロに同行してアキの船に乗っている。ジョージはファンキーなレジェンドとして今も現役でメンタウィボートトリップを続けているそうだ。

H. Tでのラストセッションを終えて、甲板ではボード類のパッキングが始まった。そこにオージーのエリックというサーファーが登場した。バーレーロコの50歳。H. Tのコテージに住み付いている。OWL CHAPMANのボードを見つけて、ワイデストポイントがセンターよりノーズに寄っているのがグッドだとか言い出した。サーフヒーローのマイケル・ピーターソンとのセッション。ラビットのこと。ハワイアンのルイス・フェレイラとマーク・リデルとバーレーヘッズで暮らした日々。ソートン・ファレンダー。アジアン・パラダイスのニアスでの撮影中のヒロミチの顔面ヒットのこと。どこまで本当なのかエピソードの連発だ。アキいわく、ちょっとラディカル過ぎるサーフカウボーイだ。メンタウィを彩る役者の一人なのだろう。

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2009年3月16日 (月)

MENTAWAI 2009 Chapter 4 献身2

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3/04  8R Zone4 Secreat (R) DOUBLE HALF 830/1145 by 6’8TRI

3/04  0R Zone4 Green Bush (L)

3/04  9R Zone4 Macca’s (L) HEAD 1645/1830 by 6’4QUAD

3/05 10R Zone4 Macca’s (L) HEAD HALF 1000/1300 by 6’8TRI

3/05 11R Zone4 Macca’s (L) HEAD HALF 1600/1845 by 6’8TRI

3/06  0R Zone4 Macca’s (L) HEAD OVER

3/06 12R Zone3 H. T (R) HEAD OVER 1600/1800 by 6’8TRI

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8R: ニュースウェルはさらに強くなったようだ。マカロニで3ラウンドやり、昨日の午後にライトウェーブを求めてロキシーに移動したがツースモールで、結局巨大なサンダースでまたまたレフトウェーブでサーフした。

アキの判断で明け方にシークレットライトの沖に船を留めた。ブレイクの後姿からサイズの大きさをイメージするのは難しい。中川リーダーがスピードボートでチェックするに、THE KT-REEFに通ずる僕好みなシェープとのことだった。

エントリーしてミドルサイズの波に乗ってみると、それでもビッグドロップだった。仲間達はかなり沖でウェイティングしている。形はメローだが、パワフルで全然メローじゃないと知れた。2本目の波のトップで板を引いたがボトムに吸い込まれた。フェイスの内側で3回回されて、それからボトムに引き込まれて巻かれた。今回のトリップ最悪の巻かれ方だった。水面は遠く息が続かない。それでもどうにか水を飲まずに浮き上がった。この1本で気力と体力を消耗したが、ここでクラッシュしたら昨日のサンダースの二の舞いで、乗れなくなってしまう。自分を鼓舞してアウトサイドピークにパドルバックした。2005年に経験したサンセットのようなスウェルが次々に入ってくるが、セット間隔は長めでじらされる。サイズは巨大だがサンセットほどリップが厚くなく、6’8でも楽にボードが出る。数本乗って気持ちが落ち着くと、徐々にポジションを奥に移動した。甘い位置から乗るとサイズは充分だがボトムターンからウォールが張らない。トミーがやってきて入れ替わりにカズと布田くんと石井くんが中川さんに呼ばれてスピードボートに乗った。サイズは無いがパーフェクトなバレルのレフトに向かうという。片岡プロが撮影の為に同行する。

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090315 B-RIVER D15 #20

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  • LEGEN 6’4 QUAD
  • 09:30am to 11:30am
  • Off shore breeze
  • Size: 肩頭
  • DEUCE 3/4mm Full Suit & 3mmboots

昨日吹き荒れた南西風で今朝の波はギャランティーだった。一昨日の中海岸での明治サーフ若手OB&現役との飲み会、昨日の川崎での飲み会のダメージで朝一サーフは断念。西浜からチーパーまでチェックしたものの、ハイタイドダンパーと人混みでエントリーする気持ちが湧いてこない。白樺のセット波もサイズはあるがマッシーでつまらなそうだ。結局1時間を無駄にして、灯台下暗しでB-RIVERにナイスブレイクを見つけた。1ヶ月ぶりの春海は昨日の南風のせいで物凄く冷たい。グローブを持って来なかった事を後悔するほどだった。

メンタサーフからフルスーツサーフは最初辛かったが、すぐに慣れた。これでリハビリ終了だと思った。テイクオフが一瞬掘れるが、ラインに乗るとちょっとたるくて自分でラインを作っていくような波だった。形の良いファンウェーブにクアッドが良くフィットしてムーブが楽しかった。それでも数本ピークから降った。10時半位に潮が止まって波数が減った。12時半の干潮に向けて再びセットが入り出し、1本、ピークからインサイドまで繋がるロングライドの波に乗れた。しかしサイドオンの風が入りだし、歯ごたえのあるセットも入らなくなった。

タイドの下がったY島のライトはオーバーヘッドのグッドウェーブへと変化していた。再エントリーしたかったが午後のアポの為にギブアップした。

GENは来週、ラチェン通りの新居へ引っ越す。中海岸の茅ヶ崎ハウスは引き払う。チャリサーフともしばしお別れだ。ちょっと淋しいが、その寂しさ噛み締めて、再度拠点を設けるつもりでいる。

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2009年3月12日 (木)

MENTAWAI 2009 Chapter 4 献身1

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2/28  0R Zone3 Lances Left (L)

2/28  1R Zone3 Bintan (R) SHOULDER 1100/1430 by 6’4TRI

2/28  2R Zone3 Bintan (R) HEAD 1600/1830 by 6’4TRI

3/01  3R Zone3 Bintan (R) HEAD OVER 800/1200 by 6’4TRI

3/01  0R Zone3 H. T (R)

3/02  4R Zone4 Macca’s (L) HEAD HALF 800/0930 by 6’8TRI

3/02  5R Zone4 Macca’s (L) HEAD 1500/1830 by 6’4QUAD

3/03  6R Zone4 Macca’s (L) HEAD OVER 800/1130 by 6’4QUAD

3/03  7R Zone5 Thunders (L) TRIPLE 1600/1730 by 6’8TRI

0R 10時間の航海を船倉の狭いベッドで船酔いと戦った。早朝のLances Leftへ石井くんがパドルエントリーするのを茫然と見送った。頭半サイズのピークからテイクオフしバックサイドボトムターン。次の瞬間高々とリッピングを決めた。布田くんが続き、セットウェーブのハイポジションでフロントサイドのリッピングを軽々と決める。そしてセットは1時間で消えた。

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1R 仲間内で僕が一番船酔いに苦しめられていた。写真を撮る気力さえ湧かずやっとの思いで2回シャッターを押した。なにをするのも億劫だ。経験は無いが、さまざまな登攀記に書かれている、ヒマラヤ高所キャンプでの行動の大変さを想った。フィンを立てるのもやっとで、ショートジョンを着るのも気持ちが悪く、ワックスアップで冷や汗が出る。やっと口に入れたバナナもエントリー直前に吐いてしまった。それでもベーのサポートを受けてスピードボートでポイントに向かった。厚い雲が立ち込めて気持ちが浮き立たないが、海水の温かさに気持ちが和んだ。船から見てツースモールと感じた波は、肩サイズのソリッドなパーフェクションだった。時々はヘッドオーバーのセットが入る。ベー、トミー、カズの4人でのセッションだった。30分位波に恵まれず3人に気を使わせたが、次第に波回りが良くなり、次々とグッドウェーブにテイクオフした。トライフィンをセットしたが、ファンウェーブではクアッドの方がフィットしそうだった。

2R 船酔いの影響はまだ少し残っていて、フィンをクアッドに替えたいと思うのだが体がついていかない。写真も取らなきゃと思うのだが、実行に移せない。サイズが増しセット波は力強さを感じさせた。インサイドまでカットバックの連続のロングランはとても楽しかった。初日がフレンドリーなファンウェーブで本当に良かったと感謝した。

3R: まだ揺れる船室で朝食を摂る気にはなれなかった。波乗りしている方がずっと楽なので、朝からお昼までサーフし続けた。クルーのケイコがボディボードでエントリーしてきて、“男サーファー!”と僕の事を冷やかした。天気も気分も回復して幸せな気持ちが湧き上がってくる。トミーと二人きりの時間帯の波はマイルドでサイズもあり、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。午後もフェイスクリーンで日差しの中、中富さんとケイコがメローにサーフする。それでも画像を撮る意欲は湧いてこなかった。

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0R: 夕刻、船はH.Tに移動した。弱いオンショアーを受けたスモールサイズのスウェルの背中を見ては、モチベーションが湧かない。日が傾くと風が整いフェイスクリーンとなり頭サイズのパーフェクションだったという。エントリーのタイミングを逃した僕とカズは、熱帯の夕陽の荘厳なシーンをトップデッキで見つめた。

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2009年3月11日 (水)

MENTAWAI 2009 Chapter 3 始動

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2008625日。Ryomaと七里で波乗りした後に葉山BEACHに向かった。パドボー初体験をする為だった。その道すがら、逗子のSURF1ST誌の編集室に赤井くんを訪ねた。Magical Mystery Tourに誘っていただいたのはその時だった。その日、森戸のスターバックスでRyomaと海南島にトライアルオーダーする6’ QUADボードのスペックを決めた。そのボードはメンタウィに持参したLegen 6’4 & 6’8 FIVE PLUGボードの原型となった。

岡山につわものチームが棲息しているのだという。仁淀とメンタウィとに深く魅せられたサーファー達。赤井くんは昨年、彼らとハイシーズンのメンタウィを訪れた。そして来年は船舶数が減るシーズンに訪れようと、チーム編成に着手したところだった。求めなければ得られないのだと強く思った。

僕が住む街は人口18千人。山と丘と清流が美しい。そんな街にSEXON SUPER PEACEというサーフ、スノー&スケートショップがある。オーナーのオグ小黒は30代後半で、愛犬のトイプー・コアとジャックラッセルの海人は遊び友達だ。パパ小黒と僕はロードバイク仲間でもある。取扱ボードは高知のタキサーフボード。10年ほど前に、オグはパートナーの高橋さんと岡山チームそして仁淀チームとともにアキの船に乗っている。からまりあった糸がだんだんとほぐれてストーリーが浮かび上がってくる。オグは今では使うことのない極太のクリエーチャーの黄色のリーシュを貸してくれた。

2009226日。成田に9人の仲間が集まった。ベー以外の7名とは初顔合わせだった。

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2009年3月10日 (火)

MENTAWAI 2009 Chapter 2 海風

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7日間の波乗りの日々を終えて、暗闇の海面をミクンバ号はパダンを目指して走った。甲板の手すりにチェアーを寄せて夜風に吹かれ、船体の心地よい揺れに身を任せた。進行方向左手に島々の気配を感じる。旅はニュームーンから始まり、今は上弦の月が中天にある。インド洋が開ける西の空には宵の明星が輝き、水面に光の帯を映し出している。北の空にはオリオン座が時計方向に90度傾き、赤道の南側にいる事実が僕の胸に迫ってくる。

想いは大航海時代に飛ぶ。15世紀以前にはマレー半島より東は、西欧人にとって直接脚を踏み入れたことのない未知の土地だった。15世紀初頭に大航海時代が到来する頃、インドネシア最深部のマルク諸島は、香料諸島(スパイス・アイランズ)として知られるようになった。人々はクローブ(丁子)やナツメグ(にくずく)やシナモン(桂皮)や胡椒などの香辛料を求めて、帆船でインド洋を航海した。15世紀及び16世紀の西欧では、クローブとナツメグ等のスパイスは金と同等の価値で取引された。17世紀の初めにイギリスやオランダが次々に東インド会社を設立し、権益争いが激化していった。その頃、いったいどれ位の数の帆船がメンタウィ海域を行き来したことだろう。スマトラ島パダンから西へ300キロに浮ぶ島々は、彼らにとっては何の意味もなさなかったのかもしれない。

シベルート島、ニャンニャン島、シブラ島、シカカップ島そして周辺の無数の島々にちりばめられた宝物のようなリーフウェーブは“20世紀最大の発見”・・・と、ツアーパンフには印刷されている。その陳腐な表現が今は素直に心に染みてくる。メンタウィ諸島はサーファーにとっての香料諸島なのだと。

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2009年3月 9日 (月)

MENTAWAI 2009 Chapter 1 胎動

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15年ほど昔、その島に電気の灯りが燈りだした頃、ニアスでアキとクリスは出逢った。アキの語るメンタウィ諸島の波達にクリスは魅せられ、パダンでの再会を切望した。ほんの2日間の邂逅だった。Sumatransurfariis誕生のシーズが放たれた

パダンでの偶然の再会は必然だった。それから2週間、メンタウィ諸島への危険な航海を引き受けてくれる漁船のサーチに明け暮れた。パダンの伝統的な漁船は全長40’位で、いかにも心許無い。オージーのクリスにアキと、キウイのサーファーも加わり、5名のメンバーが集まった。船体のアイスボックスに野菜とビールを満載して船はパダン港を出港した。速度は遅く、ディストネーションは遥かに遠かった。

その頃、Macca’s(マカロニ)、Lances LeftLances RightSanders4大ポイントが、ランスというパイオニアサーファーによって発見されていた。メジャーポイントとして知られるH. T (Holllow Trees)を、今でも心あるサーファーは尊敬の念を込めてLances Rightと呼ぶ。

唯一、インディートレーダー号が未知の波達をサーチする為に航海していた。サーフポイントでアキ達の漁船と遭遇すると、大歓迎され交友を深めた。

夜、静かな湾に浮ぶ小さな船のテラスで5人はビールを飲む。その日与えられた波達の姿を想う。星空の下、ケロシンランプの灯りに包まれ、船体を優しくたたく水音に耳を澄ます。魚を釣り、米を炊き、鶏肉は一週間に一度。移動時間には読書をしたり、サーフトリップとしての快適性を追及して、船上の改造をしたりもした。SONY WALKMANの電池が尽きる頃、25日間の航海を終えて船はパダン港に帰港した。1人あたりのコストはUS$115ほどで、船長にとっては素晴らしい現金収入となった。

アキ28歳、クリス23歳。Sumatransurfariisの誕生の瞬間だった。

そして時が流れ、2009227日、僕達9人がアキの元に集まった。

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